2011年06月19日

2010年度(H22年度) 榎本陽介

「僕たちの使命」

今、この日本では100年に一度の不景気といわれていて、未だ回復の兆しが見えません。また毎日のように痛ましい事件も起きています。このような状況を解決するために、僕たち商工会青年部員ができること。どうすれば良好な人間関係が築け、地域コミュニティーを活性化出来るのか?

僕達の活動の意味を通して考えました。

僕が商工会青年部に入ったのは6年前です。入部当初、自分は何をやれば良いのか分からず、とりあえず会議に出ていれば責任は果たしているのかな?と思っていました。そのような中、新入部員が自己紹介を行う場面がありました。当時、私は大勢の前で話をする機会が無く、非常に緊張した事を今でも覚えています。

こうして会議や事業に参加をしながら半年が過ぎ、「新年賀詞交歓会」の司会を務めさせていただくことになりました。自分自身、今思えば目を覆いたくなるような進行でしたが、入部したばかりの僕にとっては忘れられない、良い経験となりました。

調布商工会青年部には、「調布飛行場まつり」という大きなお祭りがあります。調布飛行場祭りとは、3万人もの来場者が来る「東京都港湾局、調布空港協議会、調布市商工会青年部」の3団体が主催し、飛行場PRや地域活性化を行うお祭りです。入部して何年かは、気ままに青年部出店ブースに行き、訳も分からずやきそばなどの販売していただけでした。

がある年、この飛行場祭りで、リーダーとして、立ち振る舞い方、誰よりも事業に真剣に取り組む姿勢、地域活性化のあり方、さまざまな考え方の発見などを学ぶ機会が訪れました。

不安の中、まず先輩からいろいろな意見を聞いて、機材部・出店部・イベント部などといった組織作りから始めていきました。

機材部は使用する車両や保険の手配、当日資材や機材のレンタル、搬入、返却スケージュールの作成を担当していただきました。裏方的な役割ですが、部員のみんなは快く引き受けてくれました。

出店部は飲食物の販売が担当です。天候により、仕入れの量が大きく左右されるものですが、話し合いを重ねて納得のいく準備と設営をしていただけました。

イベント部では角川映画、ゲゲゲの鬼太郎の水木プロとの著作権の交渉や、キャラクター展示交渉をしていただきました。特にキャラクター塗り絵は、塗っている子供達の笑顔を思い描きながら作成致し、ペットボトル工作も完成した物を展示させてあげたいと多数の公共施設に展示場所を使わせていただけるようお願いをしました。

そして飛行場祭り前日、東京に台風が直撃しました。しかし僕たちには、6ヶ月に及ぶ大小50回以上会議を重ねてきた「あつい気持ち」と「信頼関係」がありました。雨など気にせず、台風の中、副実行委員長2人と朝10時の開館に合わせて機材を借りに行き、調布飛行場内のレストランで待機。この時、強雨の中の滑走路を見て「明日が本番なんだ!長いようで短かったな」と話しあった事を今でも覚えています。そうしているうちに他の部員もそれぞれの準備を終えて会場に到着し、設営を開始しました。会場が閉まる夕方6時ギリギリまでかかってしまいましたが準備は整いました。

当日は昨夜までの雨が嘘のような日本晴れです。準備が整っている私達は緊張感もありましたが、やりきった感で、心は晴れ晴れです。しかしここで問題が起きました。前日は雨天の為、周りが暗かったせいで気付きませんでしたが、飛行場PRや島嶼PR、角川映画などの映像を写そうとしていたスクリーンが明るすぎて全く見えないことが判明しましたが、私は開会式に出席しなければいけなかったため、青年部のブースあとにしました。

開会式を終えイベント会場に帰ると、大きなテントでスクリーンが覆われ、映像がきれいに見える状態になっていました。この短時間の中で部員が地元の商店街の商店会長さんに頼み、大きなテントを借りて来てくれたのでした。まさに妥協を許さない部員達の熱き思い、臨機応変な行動力を感じました。
こうして、私達の設営したイベント会場や出展ブースは予想以上の来場客に恵まれ、大きなアクシデントもなく飛行場祭りを終えることができました。

その中で私たちが得られた一番大きなものは、部員同士の絆でした。まさに青年部全員が使命感をもって、責任を全うし、想像力と行動力を発揮した事業でした。私はこの事業で、成功に向けて努力する力、諦めない気持ち、そして仲間の大切さを改めて教わりました。入部したてで自己紹介もろくに出来なかった僕が、実行委員長をさせて頂き部員みんなの後押しがあったからこそ、自分自身、成長する事が出来ました。その成長は今、自社の社員の前に立っても同じことがいえます。

一つの事業で終わらせず、そこから得た経験や関る全ての人達と良い人間関係を構築し、信頼関係が成り立つ仲間が生まれることによって、絆は深まります。その絆こそが、地域コミュニティー活性化の原点ではないでしょうか。飛行場祭りを一例として、数々の商工会青年部事業で培ってきた僕の経験から得た一つの答えです。

今、僕はさらなる地域コミュニティーの活性化のため、調布のお祭りをみんな一緒に開催できないものか、と考えています。僕たちの力で道路の使用許可を得て、市内すべての神輿を集結させてみたいのです。

僕達がリーダーシップを取り、参加してくれる人達や子供たちに思い出や笑顔を与え、同時に市内の色々な商店街や企業が模擬店やイベントを出店し、営業所や市内をアピールし、町の活性化を図る。始めは参加していただく団体は少ないと思いますが、何年かかってもいいので、市内全体が参加して頂けるようなお祭りにしていきたいのです。現在、夢の段階から卒業し、少しずつ準備を進めるまでに至っています。青写真は出来てきました。実現のために必要なこと、大事なことは、全てこの「商工会青年部」で学んできました。そして、僕が青年部を卒業しても現役の青年部のメンバーが、僕がこのように考えるに至ったように、同じような経験を是非して欲しいと思います。そしてお祭りを実現してほしいです。

この1つ1つの信頼できる人間関係が、きっと、親族、近隣、地域コミュニティーの活性化につながる。

この信頼できる人間関係を構築する手段として商工会青年部が存在するはずです。


今後も僕は積極的にいろんな会に出席し、色々な人と懇親を深め、事業や仕事を一緒にできる仲間を増やして行こうと思います。みなさんもそうして下さい。この会場にいる人の全ての顔と名前が分かるようになるまで。


ご清聴ありがとうございました。。  

Posted by 調布市商工会青年部 at 22:35Comments(0)TrackBack(0)主張者大会

2011年06月19日

2008年度(H20年度) 野崎壮吉郎

タイトル:「人との繋がり」

「人との繋がり」
私が調布市商工会青年部における活動を通じて学んだことです。

「おはようございます」「おはようございます」
「こんにちは」「こんにちは」
「こんばんは」「こんばんは」

些細な挨拶から人との交流が生まれます。
繰り返すことで繋がりが芽生えます。

これからの街づくりにおいて大切な言葉ではないでしょうか。
お年寄りから子供達まで安心して暮らせる町、また若者も過ごしやすい町にしていかなければならないと考えています。

私は10年前に父の経営する花屋に勤めることになりましたが、住まいが調布市ではないこともあり周りに知り合いが少なく、唯一商店街の方たちだけが私の知人でした。

そんな私を商工会に誘ってくれたのは商店街の先輩でもあり当時の青年部の部長でした。
何も知らずに入った私はセミナーや祭りといった事業に参加し先輩方の懸命に活動する姿、また会議などでの活発な議論を聞いて、毎回圧倒され自分にも同じことができるのだろうか?
自分にその熱意があるのだろうか? という思いを抱きました。

そんな時、今の私にとって大切なものを得る、ある事業があります。

それは調布市にある飛行場で行われている「調布飛行場まつり」に、商工会青年部としては初めて参加させて頂くことになり、その実行委員長を私が担当することになったのです。

目的は地域振興の一環、調布市商工会青年部のPR。
そして古くは東洋のハリウッドと呼ばれる程、映画の撮影が行われていた調布市は、今でも撮影所・現像所・大道具・小道具などの関係する会社が沢山あります。

“映画の街・調布”

これを皆さんに知ってもらう為に行いました。

新島・大島・神津島と調布・多摩を結ぶ交通手段である調布飛行場、実際島の方々も参加されているこのお祭りは、島の方たちと多摩の私たちの交流の場でもあります。
そしてセスナやヘリコプターなどの航空機が間近で触れられる催しということもあって、調布市内外から多くの来場者が訪れます。私たちの活動をより知っていただくには格好の催しです。

“映画の街・調布”これを題材にしたこともあり、私たちは調布に撮影所のある角川大映株式会社とタイアップすることにしました。
一般企業と事業を行うことも初めての経験でした。

全てがゼロからのスタートということで、顔を覚えてもらうことから始め、6ヶ月かけ50回にも及ぶ飛行場の関係者や角川大映との打ち合わせで互いの意見を出し合い、また持ち帰っては、その問題点を解消するために青年部の仲間と深夜まで会議を繰り返しました。

そして「調布飛行場まつり」のメインの企画となるまでにつくり上げることが出来たのです。

ですが運営・設営・撤去作業には最低でも50人のスタッフを必要としました。
私達は青年部員一人一人に、この企画を成功させたい、空いている時間だけでも参加できないかと何度も声がけしました。
そしてその想いに多くの部員が賛同し、仕事の合間に駆け付けてくれたり、この催しの為に休みを取ってまで参加してくれたのです。

会場には、航空会社であるアイベックスからセスナ機を納める500坪の広い格納庫をお借りし、タイトルを「シネマハンガー」と名づけました。

角川大映からの提供で、実際に映画で使用されたもの、主にガメラや怪獣や壊された東京タワーの模型などを展示し、ガメラの歴史がわかる様に歴代のガメラのポスターや調布と映画に纏わる話のパネルなどを用い会場を装飾しました。

青年部員はこちらも実際に映画で使用したガメラやリアルな妖怪の着ぐるみを着て、本物のガメラや妖怪になりきって子供達を驚かし、「こわい」と泣き出す子供にも触れることでその泣き顔を笑顔に変え、握手をしたり撮影会をしたり、その他にもミニシアターやFC東京によるサッカーゲームなどアトラクションを多数用意し来場者に楽しんで頂きました。

当日は雨が降っていたにも関わらず2万人もの来場者が訪れ、泣いたり笑ったりしている子供達や展示物を興味深く見て撮影している人など、本当に楽しそうにしているその笑顔に部員一同心が暖かくなりました。

また関係者・来場者からの評判も高く、翌年には飛行場の方から「また一緒に調布飛行場まつりを盛り上げてほしい」といって頂きました。角川大映とも交流をもつ様になりました。そして今年も一主催者として4回目の参加が決定しています。

私はこの事業を終え、大きく広い繋がりを得たのです。
飛行場関係者・角川大映だけではなく、格納庫をお借りしたアイベックス・一緒に盛り上げてくれたFC東京のスタッフの方、また機材運搬用に4t車を貸して頂いた石原プロモーション、多くの繋がりが生まれました。

それは50回もの打ち合わせの中で、挨拶を交わすことから始め、互いの信頼関係を築き、より良いものをつくり上げた結果だと思います。
そして何よりも一緒につくり上げた青年部の仲間との強い繋がりを得たのです。

私はその繋がりから自身の成長を感じました。
今まで何かに真剣に取り組んだ経験のなかった私にも街や人に貢献できるのではないか!何か伝えていけるのではないか!

私を成長させたもの、それは私自身の中に生まれた熱意だったのです。

温故知新 という言葉のように古き良きものを知り、新しきものを知る。
まさに映画の街・調布という歴史、それを知り、活かし、繋がりを広げることができたのです。
商工会青年部に求められているものは、先見の目とあふれる熱意ではないでしょうか。

街の歴史や人やモノに着目し、時代に合った発想とつくり上げていく創造性、その2つと行動力を商工業の発展に役立て、地域振興へのきっかけにし、新しい繋がりを造り伝えていくものだと知りました。

私は青年部に参加したことで街に溶け込み、街を知り、人を知り、仲間が増えました。
人は必ず誰かの支えがあってこそ成り立つと思います。

街づくりも同じではないでしょうか。

コミュニケーションが希薄になっている昨今で人の目を見て関わって互いの想いを通わせる、そこから生まれる繋がりを大切にした街にするために、私たちが手を取り合い、街を支え続けるのです。

お年寄りから子供たちまで安心して暮らせる町、若者も過ごしやすい町にしていかなければならない。
皆さんもそう願っていると思います。

挨拶から改めて始めてみませんか?
想いを通わせてみませんか?
そこから何かが生まれることを信じて。

私は毎日の挨拶を欠かしません。
登下校中の子供達、買い物途中のお年寄り、商店街を出入りする業者の方、

「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」

些細な挨拶から人との交流が生まれます。
繰り返すことで繋がりが芽生えます。
そしてその繋がりは大きく広い繋がりに変わります。

私はその挨拶からの繋がりをずっとずっと大切にしていきたいと考えるのです。

私を支えてくれる全ての繋がりに感謝の気持ちを込めて終わらせていただきます。

ご静聴ありがとうございました。  

Posted by 調布市商工会青年部 at 22:31Comments(0)TrackBack(0)主張者大会

2011年06月19日

2006年度(H18年度) 田村潤一郎

タイトル:「おもしろき、事もなき世を、おもしろく」

「おもしろき、事もなき世を、おもしろく」

 これは、幕末の志士・高杉晋作の辞世の句です。
私は歴史マニアで、もちろん 高杉晋作も大好きですが、この辞世の句だけは、どうしても好きになれませんでした。
 晋作の生きた幕末の時代は、まさに動乱の世で、多くの若者たちが、あらゆる智力、あらゆる財力を注ぎ込み、ついには己の生命までも削り尽くした時代でした。

 そんな時代を「おもしろくしちまおうぜ」って感じに軽々しく表現し、ちゃかして気どっている晋作の真意を、計りかねていた訳です。

 実は私は、商工会青年部入会時の6年前、この晋作の辞世の句をテーマとして、主張大会に出場し、東京大会優勝と云う結果を残しました。

 しかしながら、この6年間、青年部活動を重ねている内に、当時の「要するに、世の中を笑い飛ばすにふさわしい人物になれ、と云う事だ」 とは別の解釈をするに至りました。
 今年度で青年部を卒業する現在、改めて同じテーマで主張させて戴きます。


 皆さんは、商工会青年部活動に、「漠然とした違和感」を感じた事は無いでしょうか?

 私は青年部活動も含めた、広い意味でのボランティア活動を重ねるにつれて、この感覚が徐々に明確な物になってきました。
それはボランティア人員側と受け入れ側・使う側、そして社会一般のボランティア活動に対する、認識のズレからきた物に他なりません。

「ボランティアは無償の奉仕にして、自己犠牲による善意の美談からから成り立つ」

 これが世間一般のボランティアへのイメージでしょう。
このイメージに、どれ程、苦しめられてきた事か・・・

言うまでもなく「ボランティア」とは、「自発的に行う社会的・公的活動」の事であり、「無償の奉仕活動」などと云う概念は、受け入れ側・使う側の方便から成り立った、としか思えません。

 つまり、ボランティア人員を作業人員の頭数とみなしたり、無償の労働力として、使いたい側が、ボランティアの対象が施設側・主催者ではなく、あくまでも、その利用者や来場者である事を、忘れてしまっていると思えるのです。

 また、ボランティアを崇高な物として奉る事、それ自体が、壁を作りボランティアの門口を狭ばめているので、文字通り本末転倒です。

「そもそも、何故にボランティアの限り、その善意まで問われるのか?」

「人の善意はあやふやで、社会的善意となると、到底信用できない」事は、すでにギリシャ哲学時代に、ストイック主義の敗北により証明されています。

 資源消費が国土の8.5倍の、この日本社会を、子供達の未来の財産までをも喰らい始めた、この日本社会を見回しただけでも、その正当性は明らかです。

 もちろん「人の善意」すべてを否定するつもりはありません。ただ、それがあやふやな物である事は、誰もが知っている筈なのに、何故にボランティア活動の限り、それを求められ強要さえもされるのか理解に苦しむのです。

 商工会青年部活動に絞って、考えてみるとどうでしょうか?

 行政側、あるいは親会側に「無償の労働力」として使われた事は、
一切ないと言い切れるでしょうか?
「善意」を強要せれた事はないでしょうか?
青年部誓いの言葉に「地域振興発展の先駆者となる」とありますが、むしろ、その時間と行動力を青年経営者または後継者として、それぞれの営業所で使った方が、よほど地域振興発展の役に立つ場合も、多いのではないでしょうか?

「事業に参加する事、それ自体が自己修練となる」

 確かに、その通りです。ただしそれは“商工会”青年部活動において学ぶべき物なのでしょうか?

 私はこれらの問題で、親会も含めた数々の先輩方とぶつかり、噛みついて来ました。
「現状が甘授できない以上、青年部を退部するしかないな」と真剣に考えたりもしました。
そのままだったら、私が今ここに立っている事はなかったでしょう。

それを思い止まらせたのは、ほんのささいなきっかけでした。

 私の営業所は、京王線つつじヶ丘駅前にあります。
長年の酷使の為に、二年前に全面改装したのですが、当然、業者さんは、私が信用できる方達だけに、集まって戴きました。

自分でもビックリでしました。

その面々は、商工会青年部のメンバーばかりだったのです。
私は、消防団・JC・法人会などの数々の団体に所属しているのにも係わらずです。
その理由は、業者さんの顔ぶれを見回せば明らかでした。

建築屋さんは、私が新入部員時に主張大会に出場した時、担当委員長として支えてくれた親友。

 電気屋さんは、常に私に厳しく接していながら、じつは影では、私の最高の代弁者であり続けてくれる、飲み会番長の先輩。

 看板屋さんは、どんな事業、どんな行事にも決して遅刻しない実直な先輩。

 そして、水道屋さんは「ボランティアとは何か?」と常に激論を交わしながらも、歯を食いしばりながら、一緒に数々の事業をこなしてきた後輩でした。


 すべて商工会青年部活動を通して築いた信頼関係であり、そのアイデンティティが問われるであろう、青年部活動を通してこそその人間性を観察していたのです。

 そして、それぞれの改装作業が終わった後の居酒屋での彼らの破天荒な明るさ・・・・・

「おもしろき、事もなき世を、おもしろく」

 ふと、高杉晋作の辞世の句が頭に浮かびました。
 幕末の志士達は、ともすれば英雄としてあがめられますがその本質は我々と何ら変わらない若者達だったと思います。
 とくに、脱藩という形で命をかけて、その活動の誠意を示した者達は、理想と現実との狭間で思い悩み、その境遇を恨みもしたでしょう。

 晋作の辞世の句は、そんな彼らへの最後のメッセージだったのでは、ないでしょうか。

「自分のおかれた境遇をうらまぬよう、常に笑いを以って心をはぐくめ、
笑え、笑え、大いに笑え」

 

スケールは全く違いますが、我々にも同じ事が言えるのではないでしょうか。
「誰もが納得する筈など無いだろうが、それでも、笑いを忘れず、 やるしかない!」

 改装業者さん達の商工会青年部活動に、「将来、仕事に繋がれば」との打算がまるで無かったと言えば、それは、あり得ないでしょう。

私はそれで良いと思います。

 商工会青年部の本来の主旨からは、外れるかもしれませんが、私は、今ここに主張します。

「情けは人の為ならず、めぐりめぐって己の為」

商工会青年部活動に、善意の介入する余地などない。
地元経済人である事を表明する行為だと割り切ってしまって、それでよい!

常に笑いを以って心をはぐくめ。
 笑え、笑え、大いに笑え。  

Posted by 調布市商工会青年部 at 22:28Comments(0)TrackBack(0)主張者大会

2011年06月19日

2005年度(H17年度) 赤坂勝之

みなさんこんにちは、わたしは、調布で飲食業を行なっています。お店は商店街に入っていましたが商店街自体、ほとんど活動もなく、近所付き合いしかありませんでした。

そこで、なぜわたしが青年部に入ったかを簡単にお話しいたします。

昨年度、商店街で始めてお祭りをしようと言うことになり、私と兄で青年部へ協力のお願いに行ったのがきっかけです。祭りの後、懇親会の席で青年部の方に「お兄さんは卒業になるので じゃあ、青年部に入ろうよ」と言われ、断ることを知らない私は「いいですよ」と言ってしまったのが、きっかけです。

ちなみに今回の主張者大会も断れませんでした。

そろそろわたしが本当に青年部はすごいと思った出来事をお話しします。
昨年の秋に、新潟県中越地震が起きました!地震があった日、わたしはテレビを前に、「東京が大地震じゃなくて良かったあ」と思い、正直、その後 実感はまったくありませんでした。
次ぎの日に青年部のメーリングリストに1通のメールが送られてきました。
[わたしたち調布市商工会青年部と調布青年会議所、両OB会、レスキューバイク隊の団体で、新潟県中越地震支援委員会を立ち上げました。以下の日に募金活動を行ないますので、皆さんご協力お願いいたします。調布市商工会青年部部長]。

「え?昨日の地震?」

最初は何の事だかわからずにいましたが、聞いたところ地震後、単独で支援活動せず、すぐに団体を結束し、敏速な支援体制をとっていたのです。その速さに驚き、わたしは全力で手伝おうと思いました。

まず、新潟では今、何がほしいのか情報を集めることになりました。幸い、わたしたち調布市商工会青年部は新潟県湯之谷村(現魚沼市)の青年部と交流があったので、現地にさっそく電話いたしました。しかし災害の後で電話はパンクしていた為、メールを湯之谷の部長宛てに送りました。

[この度、このような災害に見舞われましたこと心からお悔やみ申し上げます、我々調布市商工会青年部は全力でバックアップいたしますので、何か必要なものがありましたら遠慮せずに言ってください]。

「でも、混乱してメールは見てくれないだろう」と思っていましたが、返信が届きました。

[ありがとうございます。我々、湯之谷村は、幸いにも被害が少なく、さほど物資はいらないかと思われます、しかし仲間の川口町の方に被害が大きく、これから現地に入り足りない物資を聞いてきます]

「よーし連絡が取れたぞ」
しかし、その後、待てども連絡がこず、心配していたところ、メールが届きました。
[現地までの道も無く、連絡が取れなかったので返信が遅れました。現地に確認したところ、石油ストーブが欲しいとの事です]

早速石油ストーブを集めに市内に走りました。輸送や、置場など全ての準備が整い、「後は石油ストーブを連絡が入ったところに取りに行くだけだ!よし!」と思っていたところ、
[昨夜、テレビで石油ストーブが欲しいと言った所、朝になったらやまずみの石油ストーブが送られてきました!商工会館も物資で溢れかえり、物を置くところが無いので物資は中止してもらえますか?]
「まじで。」急いで手配したものを全てキャンセルいたしました。

そこで、物資よりお金を贈ることにし、本格的な募金活動に入りました。市内各所に募金箱を設置!日曜日には駅前で募金活動を行ないました。募金をしてくれた子供にはポップコーンをあげました。2日間の募金活動と募金箱の合計額は、約100万円になりました。

さて、集まった100万円をどうするか!「新潟県の口座に振り込もうよ、」と言う話がありましたが、現地に届けることにし、さっそくその件を湯之谷の部長にその連絡したところ、「2月位に現地の子供たちやお年寄りが楽しめるイベントを行なおうと思っているのでそのときに持ってきてください」との事でした。長い避難所生活で疲れた人たちに楽しんでもらおうと現地の青年部員達が考えていたのです。

そこで「ただ持っていくのでは詰まらないから現地でポップコーン配ろうよ」と言う話になりました。

そして出発の日! 新潟行きメンバー5人は、早朝4時に出発。
湯之谷村商工会に到着したのが朝8時。10時くらいからのイベントと思い5人はやる気満々でした。
そこへ湯之谷の部長が登場し、
「いや~皆さん朝からありがとうございます。では今から川口町に行って準備しに行きましょう」。

「準備?」
さりげなく一言!
「イベントは何時からでしたっけ?」

「夕方5時からですよ。」「調布の部長さんにファックスした通りですよ」
一瞬みんなの鋭い視線は部長へ注がれました。「あれ、10からじゃないの?見てよこの紙!」。よお~く、ファックスの内容を見ると17時開始とちゃんと書いてあります。
部長いわく「悪い、良く見て無かった」みな衝撃が走りました。

開き直りよし準備を手伝うか!と思い会場へ。そこへ湯谷の部長が登場し、
「では雪かきからはじめますよ。雪をどかしたらテントを張りますから」。
「えーっ!」
開始直前になると会場は氷点下の大雪にもかかわらず、一杯の人で溢れかえり、用意していたポップコーンを配りだしました。

そしてイベントも始まり舞台の上で式典が始まりました。
ようやく、青年部で協力し、集めた募金を渡せるときが来たのです。

調布の部長が舞台に上がり、持参した募金を手渡し、部長から一言話をしたとたん、会場にいた方々から感謝の言葉と目には涙が…。
その光景を見てわたしは思いました。こんなに多くの方が喜んでくれる事に参加できて幸せだと!

式典終了後、わたしたちのテントにはたくさんの町民の方が来ていただいて、また、たくさんの感謝の言葉を頂きました。今は何もお返しは出来ないけど、この気持ちは絶対忘れないと言われ、わたくしは感動をしてしまい、その場から裏へ逃げてしまいました。たいした事をしていないのに苦しい思いをしている被災者の前で涙は見せられないと思ったからです。

イベントも夜8時頃ようやくおわりに近づき、道路が通行止めになるため、私たちは少し早く帰ることになりました。

調布に着いたときは深夜0時を過ぎていました。
疲れているはずなのに家に着いても寝ることが出来ませんでした。それは、被災者の方々は非難生活の中、あの大雪の中、凄く元気にしていたからです。東京でのんびり過ごしている自分に恥ずかしくなり、寝られなくなってしまいました。
青年部は、地元だけでなく全国各地で活動できる場だと誇りに思っています。

ただ商店街に入っていただけではこの経験はできませんでした。商工会ですから商売の事だけを考えて活動するのもいいと思います。
ですが、いつ、このわたくしたちがいる東京も新潟県中越地震みたいな地震が来るわかりません。そのとき、助けてくれるのは?日本全国の商工会青年部の仲間かも知れません。今回の経験をいかし、わたくしは商工会青年部に全力で取り組んで行きたいと思います。

一生、忘れない思い出を作ってくれた、私たちの仲間のために!

ご静聴ありがとうございました。  

Posted by 調布市商工会青年部 at 22:26Comments(0)TrackBack(0)主張者大会

2011年06月19日

2004年度(H16年度) 東京都大会優勝 齊藤幸司

「青年部誓いの言葉に誓う」 

一、我 々 商工会青年部は、
  創造力と行動力を活かし
  地域振興発展の先駆者となる

一、我 々 商工会青年部は、
  商工会の後継者であり将来の中核とし
  て組織活性化の推進力となる

一、我 々 商工会青年部は、
  社会一般の福祉の増進に努め
  新しい町づくりの原動力となる

私がこの言葉を知ったのは入部してからかなり後のことでした。
入部より11年、3年前に部長を務めた私の青年部活動は、この「誓いの言葉」に集約されています。

一つ目の誓い、
 我々商工会青年部は、
   創造力と行動力を活かし
   地域振興発展の先駆者となる。

創造力と行動力:・・・青年部は商工会の1つの組織です。親会にとってみれば若手後継者対策事業の一環です。
それが故に、我々が事業を進めていく中で様々な問題が生じてきます。
このような限られた環境だからこそ、より前向きな創造力をもって乗り越えなければならないのです。そして、考えたことは実行に移さなければ何も始まりません。そう、机上の空論ではだめなのです。

行動に移して初めてわかること!たとえ壁にぶち当たったとしても、それを乗り越えることで多くの事をえるのです。

まさしく、この創造力と行動力を活かす私にとってのチャレンジが、5年前の商工祭りでおこなった子供イベント「かむかむ村」でした。

当時商工祭りは44年もの歴史を重ねながら、それゆえにマンネリを否めない状況でした。

私は、「これでいいのか…」「青年部に何か出来ないのか…」という思いから、仲間に「商工祭りを変えたい!」という気持ちを打ち明け共に行動に移したのです。

準備段階では宣伝第一と考え、市内全域18の小学校をまわり、チラシを配りました。そして記名入場で、なんと一万人もの市民や子供達が来てくれたのです

大工さんと家具屋さんによる木こう教室写真屋さんによるウルトラマン撮影会塾の先生による科学教室などをおこない、会場は一生懸命な部員の姿と、子供たちの満足な笑顔であふれていました。

これがまさに創造力と行動力を活かした地域振興発展の一歩であると確信しました。

二つ目の誓い
  我々商工会青年部は、
   商工会の後継者であり、将来の中核
   として組織活性化の推進力となる。


組織というものは一人で成り立つものではありません。様々な部員が様々な目的で入部し、また、それぞれの部員が異なった仕事を営み 生活しています。


青年部で責任ある役職につくようになった私は、そのような部員を如何にしてまとめていくのか、全くわからず困り果てていました・・・。
そこで私は、この人はすばらしいと思う先輩をあこがれ真似てみることから始めたのです。

その先輩は何事にも柔軟な人で、人材登用の面でも新人に思い切ってまかせ、一歩下がって見守り、責任をもってしっかりフォローの出来る人です。様々な意見に対しても否定せず相手の思いを受けいれ、やる気を引き出します。そして活発な議論のあとは懇親会とにかくコミュニケーションでした。

このような信頼関係のうえに事業が展開され新人は達成感を味わい、自信を持ち、
見事な成長をとげます。
そしてその信頼の輪はさらに大きく広がっていくのです。

実に青年部らしい、勢いというものです。

私は人を信じることの大切さ、そして人を活かすことのすばらしさをこの青年部活動に学んできました。
これからも商工会を背負い、組織活性化の推進力として仲間と共に頑張る自信がついたのです。

そして三つ目の誓い
  我々商工会青年部は、
   社会一般の福祉の増進に努め、
   新しい町づくりの原動力となる。

私は、調布という地域に活かされ、この歳になるまで、様々な恩恵をこの町から受けてきました。

町の盆踊りや映画大会・餅つきなどは、子供の頃の忘れられない楽しい思い出です。

このように、町に住んでいる人の顔が見えるお祭りは、子供が地域に関わり・地域を理解しそして好きになる絶好の機会でした。

子供達は町の人にあたたかく 見守られていることを自覚し、安心します。

人の顔と顔が見える町・・・

私を呼ぶとき「こうちゃん」とちゃん付けで呼んでくれた薬局のおじさん・八百屋のおばちゃん・・・たくさんの大人達が私を育ててくれました。
このような子供の頃の経験があるからこそ!今こうしてこの町を愛し、盛り立てていこうと思えるのです。

私は、今まで受けた恩恵に対して、感謝の気持ちをあらわす為に商工会青年部の活動に参加しています。
但し、私一人の力ではほんの少ししか成しえませんが、青年部の活動に仲間と共に取り組むことにより、感謝の気持ちを 何倍にも 何十倍にも大きくして恩返しできるのです。

そうです、我々商工会青年部が町づくりの原動力になることこそ王道なのです。

ところでみなさん・・・・
あなたの町は安心できますか・・・?

私の町は多摩地域の中で23区に隣接し昨今、急速に都市化が進み、近所付き合いも少なくなり、人と人との係わり合いがうすくなってきています。

こんなところに今 様々な問題点が溢れ出てきているのです。

なぜ?困っている人がいても、声を掛けないのでしょうか?

なぜ?救急車の出動回数が、こんなにも多いんでしょうか?

なぜ?子供たちが防犯ブザーを持たなければならないんですか!

これは私の町だけの話しなのでしょうか?

あなたの町の景色も変わって来てはいませんか?・・・・
かつての、夕日に赤く染まる商店街の賑わい

「町のにおい 町の音♪・・・」
  「あなたも 感じませんか・・・?」

今一度、子供の頃のことを思いおこしてみて下さい・・・。
人と人とが触れ合い、助け合いながら生きていたすばらしい思い出を・・・

時代が変わり、 そして町が変わり。
いつの間にか忘れてしまった事が、ありませんかぁ・・・。

だから、 今こそ我々が互いに尊重し合い、共に繁栄していこうという心を持ち、またその思いを伝え広める事が大切です。

まさしくこれが、我々商工会青年部本来の役割です。
創造力と行動力を活かした体験は先輩から私に、そして私から後輩たちへ、商工会青年部の信念として継承していくのです。 

そしてそのことだま言霊こそが、誓いの言葉なのです

一、我々商工会青年部は、
   創造力と行動力を活かし
   地域振興発展の先駆者となる
一、 我々商工会青年部は、
  商工会の後継者であり将来の中核
  として組織活性化の推進力となる
一、 我々商工会青年部は、
  社会一般の福祉の増進に努め
  新しい町づくりの原動力となる

これからも私は、青年部活動の実践を通し、率先して後輩にこの言葉を伝えていきます。

そして卒業しても、
一 家庭人として
一 商工会員として
一 市民として

このすばらしい言葉を守り 伝え広めて行く事を私は、ここに 誓います。(^o^)/



 ご静聴ありがとうございました。  

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2011年06月19日

2003年度(H15年度) 三位 谷中邦彦

タイトル「勇気化合物」

こんにちは。私は調布市商工会青年部の谷中邦彦と申します。

【起】
みなさん! 青年部は好きですか?
私は大好きです!!

ニッポン人として、このニッポンが少しでも住みよい国になって欲しいと思っています。
青年部を好きになる事が、地域を良くする事、それが東京を良くし、ひいてはニッポンを良くする事だと確信しています。

私は、2年前に青年部に入部し、青年部活動を通し、様々な、ことがらを学びました。
会議の仕方、組織の運営、人と人の結びつきの大切さ、みなで事業を行う事から得られる喜びと充実感。

このような事柄は、青年部で活動されているみなさんも間違いなく体験していることだと思います。
私は、その中で特に、青年部に入って、勇気をつちかう事が出来、それが、今、そして未来に繋がる、と言う事を体験しました。
昨年、私は青年部に入っていなければ関わることもなかったであろう、2つの貴重な体験をしました。

1つは、青年部の代表として、調布市の、成人式実行委員会の副委員長になり、成人式を企画した事。
もう1つは、青年部を通して知り合った仲間2人と、会社をおこし、働いており、そして、まちづくりのためのNPO法人を立ち上げたことです。

【承】
1つ目の、成人式実行委員会は苦難の連続でした。
成人式がニッポンの各地で荒れている事は、みなさまもご存知の通りです。
そんな中、調布市行政は、今までとは異なる「式」が出来ないものか考え、独立した実行委員会を、昨年初めて立ち上げ、そのメンバーとして青年部が依頼を受けました。

委員の中には、役所の職員もいれば、学生もいます。
何度も行った会議では、青年部でつちかわれた「利害関係がなく、ただ目的あるのみ」、といった会議の経験が、とても役立ちました。

会議では、様々な市町村の前例が出ましたが、私には、どれも今1つしっくり来ませんでした。
前例の継承では、何より、何をしたいかの「信念」と新しい事をやろうと言う「勇気」を感じえ無かったのです。

そこで、私は、地元離れが進む若者たちに、調布に関わりを持つ機会を通じて、地元調布を好きになってもらおう、そして、なにより商工会青年部の代表で来ているのだから、地元の活性化につなげよう、と考ました。

主に青年部員に声をかけ、成人になる方への特別クーポンを用意し、新成人に送る冊子を仕立て上げました。
結果として、評判も良く、千人以上の新成人が来店してくれたとして、各お店の売上にも貢献できました。
成人式から数週間、クーポンを通じ、地元調布で新成人がそのお店を使うようになり、今では、常連さんとなった若者も沢山いると聞いております。新宿や渋谷に消えてしまいがちな消費のUターンと、若者が地元への交わりをもつ呼び水になったと確信しました。
そしてこの試みは「2003年・成人式大賞」の、全国最終審査に残り、佳作に入選しました。
このような、まったく前例の無かった企画を、思い切って出来たのも、青年部の経験があったからです。

2つ目の体験は、今働いている青年部員が集まって、出来ている会社、有限会社ネットインです。
私はネットインを母体に、青年部の仲間を中心として、東京都認証のNPO法人を立ち上げました。
事業内容は、「まちづくり」に貢献する事を目的として、インターネットで様々な街の情報を提供する「ちょうふ・どっと・こむ」という、ホームページの運営です。
ホームページの運営というと、1日中パソコンの前でキーボードを叩いているように思われがちですが、実際は、街を歩いていることの方が多く、非常に泥臭い作業ばかりです。
門前払いされたお店に、何度も何度も足を運び、一件の契約をいただく事に、ヒトツキ以上の日にちが、かかったりもしました。
飛び込みで事業所に話を聞いてもらう他にも、口コミで連絡してくれる方も居ますので、その事業所まで説明をしに行ったりもします。
立ち上げた当初は、本当にうまくいくかどうか、毎日がとても不安でした。
運営費は、情報を掲載する営利事業者からの掲載料でまかなわれているのですが、お店の方からは、ホームページの善し悪しではなく、掲載以前の問題として、パソコン自体が難しいと、不平不満ばかり聞こえてきて、何度眠れない夜を明かした事かわかりません。

でも、そんな時、思い出すのは、青年部での体験です。

最初は、意見も方向もバラバラで、まとまりもなかったものが、最後には1つに集約されていく。
そうです、必要なのは、目的であり、その目的に突き進むための「信念」そして「勇気」なんだと。
この「ちょうふどっとこむ」の目的は、このホームページを通して、我々が住んでいる調布の良さを知ってもらい、調布を好きになってもらうことです。

この街にもっとかかわり、もっと良くしたい、
その思いだけで運営しているのです。

「ちょうふどっとこむ」は、開設して1年しかたっていない、まだまだ小さなホームページです、
運営を続けるなかで、くじけそうになる度に、この思いの原点として「信念」そして「勇気」を振り返りました。

半年ほどから、反響がでてくるようになりました。
実際に加盟店さんも今、200件を超えました。
我々の目的は、お店紹介だけではないので、まだまだ、やりとげたいことの1割にも達していません。
やり遂げていくための、運営費をまかなうには、500件以上のお店の契約が必要になります。

我々は、あと2年以内にこの数字を達成します。
なぜなら成人式で成功したように思いの原点である「信念」そして「勇気」さえ忘れない限り、仲間達と一緒に絶対に、達成できると信じているからです。

【転】
この2つの活動は、どちらも今までにない、新しい試みでした。
私は、この2つの活動にかかわって強く思った事があります。
それは、思いは必ず伝わるということ。そして伝えるためには、「一歩踏み出す勇気を持ち」達成できるまでチャレンジし続けることです。

そして、これらの試みは、青年部という存在がなければ、私が、かかわる事も無かった事です。

だからといって、ここで私が言いたいことは、「青年部バンザイ!」と叫ぶことではありません。
青年部に入っていると、様々な体験をする「機会」が、数多くあふれています。
今の青年部には、その「機会」作りばかりに目がいってしまい、その「機会」を活かす心構えを、部員に伝えるという事が欠けてしまっているのでは、ないでしょうか。
私は「機会」を活かすには「信念」そして「勇気」が何より大切だと、おもいます。

今は亡き、アメリカ大統領のジョン.F.ケネディはこう言っています。

「物を失うと小さく失う。信用を失うと大きく失う。しかし、勇気を失うと全てを失う。」

青年部員にとって、若い我々にとって、現在のような時代だからこそ、忘れてはならない、伝えなければいけない気持ちが、この「勇気」なのではないでしょうか?

私は最初に、みなさんに「青年部は好きですか」と尋ねました。
ここにいらっしゃるような方は、おそらくみんな「青年部は好き」と答えるでしょう。

では、今日ここに来ていない部員の方々はどうでしょうか?
そんなに好きでない方も多くいるかと思います。
でも、青年部に入っている方々は、きっと住んでいる街のことは好きだと思います。

街が好きだから、街の為に活動をする「青年部」という団体に私は入りました。
そして青年部の活動を通して改めて、街を好きだと思う気持ち以上に、青年部が好きになりました。

青年部を好きになることが、街を、東京を、そしてニッポンを良くする事と、気が付きました。

【結】
街を思う気持ちを、具体的な行動で示す場が、青年部であるとしたら、他ではなく、我々青年部に今、もとめられているのは、新しい事に、果敢にチャレンジする「勇気」なのです。
青年部が「勇気」をもつ団体であるためには、
個々の部員が「勇気」をもつことです。

「勇気をもった団体」である青年部。

最後に、ケネディの言葉をもう一度お伝えします。
「物を失うと小さく失う。信用を失うと大きく失う。
しかし、勇気を失うと全てを失う。」

この青年部を好きになり、そして行動で示す勇気を持てば、ニッポンは必ず良くなります。
私は、青年部活動を通して諸先輩から受け取った、この「勇気を持ち続ける部員」でありたいと思います。
そして、この勇気を持ち続ける「輪」を微力ではありますが、ほかの青年部員に対して、連鎖反応を起こし続けます。
これこそ私が青年部活動で勇気がつちかわれた課程、そして、結果・・・、まさに勇気化合物なのです。

以上で終わります。ご拝聴、ありがとうございました!  

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2011年06月19日

2002年度(H14年度) 準優勝 白鳥泰彦

タイトル「自らの力で立つ」

こんにちは。調布市商工会青年部の白鳥泰彦と申します。

唐突ですが、はじめに私の仕事をお話させていただきます。
私の職業は、「探偵」です。

探偵と聞いてどうでしょう?
「探偵って実際どんなことしてるんだろう?」
「何でそんな仕事やってるんだろう?」
皆さんのいろいろな心の声が聞こえてくるようです。

それはそうでしょう。普通、知合いや友人に、探偵なんて、まず、いませんから。

職業として成り立つのか?それ以前にそもそも商工会青年部にいていいのか?(笑)
かくいう私も、そう思っていました。

ましてや、私の仕事は全てのことに「疑問を持つ」、悪く言えば「疑うこと」からはじまるのです。「職種的に入れてもらえないのでは?」と大変不安でした。

しかし、そのような不安は全く無用でした。何の偏見もなく入部させていただいたのです。

入部のご挨拶もしていないのに、いきなりお誘いがあったのは、今はなき「後継者対策事業」、いわゆるお見合いパーティーでした。

最初に参加した事業がこのような内容のものでしたので、私の青年部の第一印象は「商店主や社長が集まって、仕事を抜きに飲んだり、語ったりする交流の場」として定着しました。
もちろん、そういう「仲良しクラブ」的な交流も確かに大切なことだとは思います。
しかし、私の中で「仕事を抜きに」という部分への疑問が次第に大きくなっていきました。

やがて、それは「仕事やお金の話をしない不思議な団体」。として映るようになりました

残念ながら、私が青年部に入ってからのニ年間で、我々の大切な仲間が三人、倒産や廃業に追い込まれ退部していきました。

偉そうですが、彼らに何をしてあげられたか?
自分の会社の経営が苦しい時に、真剣に相談できる雰囲気が果たしてあったのでしょうか?
ただの飲み仲間なら(もちろんそれもかけがえのない財産ですが)、別に青年部に入らなくてもたくさんいます。

きれいごとではすまされません。

お金の話をしない、出来ない実情、リスクをとらない甘えが、倒産や廃業から退部へとつながる一因となっていると思います。

当たり前ですが、自分の仕事がしっかりしていての商工会であり青年部です。

それではビジネスとは何か?
あまり大袈裟に考えずに、私なりの考えを述べたいと思います。

それは一言で言えば「投資を行い、収益を上げ、社会貢献する」ことに尽きると思います。そして、そこには当然「リスク」というものが発生します。

リスクというと、特に我々日本人は、どうしてもマイナスイメージで捉えがちです。「リスク」を日本語では「危険」と訳しています。そもそも、ここに大きな誤解の原因があるように思います。

「リスク」は決して「危険」「デンジャラス」ではありません。例をあげてみたいと思います。

あなたはいま、とても大切な用事の為に高速道路を急いでいるとします。絶対に時間に遅れてはなりません。このままではどう考えても間に合いません。

そこでいきなり時速三百キロでとばせば、これは「デンジャラス」です。事故をおこし、時間に間に合うどころではないかもしれません。

それでは、法定速度を守っていては間に合わないがニ、三〇キロオーバーでとばしてみたらどうでしょう。もちろん、スピード違反で捕まる可能性はあります。しかし、これは「リスク」でしょう。

このニュアンスの違い、感じとっていただけましたでしょうか?

もちろん時速三百キロでも事故を起こさないし、法定速度を守っていても事故を起こすことはあるでしょう。事故というトラブルは想定できないものであり、事故の可能性が高いからデンジャラス、低いからリスクと分けてしまうのは違うような気がします。

では、これらを分ける明確な線は何か?

それは当事者が、自分がこれから行う行為とそれによって起こるであろう結果を自覚しているか?というのが、分かれ目だと思います。

「自覚」。

「覚悟」「責任」といってもいいかもしれません。

自覚しているのであれば、スピード違反で捕まるのはリスクの範囲内でしょう。しかし、無自覚に三百キロでとばし、事故で死亡するのは「無謀」であり、デンジャラスそのものだと思います。

私にとってリスクとは、事業を行うための必然的な代償、責任なのです。

私の仕事は依頼があってはじめて調査をし、報告して、報酬を戴く。「受注型」産業です。「探偵物語」の松田優作のように事務所でふんぞりかえっていて依頼が入ってくるわけではありません。

一に宣伝、二に宣伝なのです。

具体的に申し上げますと、月の売上の六割以上は宣伝費に投入しています。しかし売上が悪くても宣伝費は削りません。

これが私のリスクです。

大量の宣伝費を使っても収益を上げられる自覚、覚悟があるからです。

私に限らず、ご商売をされている、ここにいる皆さん、誰もがリスクを抱えていらっしゃると思います。ところが、ご自分の商売から離れ、こと青年部の活動になるとどうでしょう?

青年部の事業を振り返る時、果たして皆様リスクを背負って、または意識して活動しているでしょうか?

限られた予算内でやりくりして、前例に従って判断し、最後に収支を合わせる。ここでは、具体的な成果や動員、売上は求められていません。

入部して間もない昨年12月、『防犯セミナー』というものを開催いたしました。私が講師となり、ピッキングや車輌盗難の実態や対策などを錠前や防犯機材をご覧いただきながら部員の皆さんに防犯の重要性を認識していただきました。

しかし、正直申し上げて、「これを機に私のビジネスにつなげていきたい」という思いがあったのも事実です。こういうと「商売っ気丸出し」と嫌な顔をされるのでは?との心配もありました。

それは冒頭で申し上げた「仕事やお金の話をしない不思議な団体」という印象が、私の中に根強く残っていたからです。しかし、部長はじめ部員の皆さんが「それのどこがいけないの?」とあっさりと励ましてくれ、私は青年部の表面的なものしか見ていなかったことに気づかされました。

さて、ここでまた私の仕事の事ですが、私の「探偵」という仕事の社会的役割、使命について考えてみます。

それは「人に安心を与える」ことです。

個人または会社にとっての疑問を調査し、問題を解決するお手伝いをする。つまり「依頼者の不利益を回避する」そういう仕事です。

では、それを青年部活動の一環である「まちづくり」につなげて考えてみます。
「よいまち」とはいったいどういうものでしょう?

もちろん、一言で簡単に言い表せるものではないとは思います。

ただ、「住民が安心して住める」これが全ての大前提になるのは間違いないと思います。

「安心して住めるまち」

これは単に治安が良いということだけではないような気がします。もっと、一人一人の精神的なものではないでしょうか。つまり、住民一人一人が精神的に自立し、互いを尊重しあう愛情に溢れた環境。

そして、これを支えるのが経済的な自立だと思うのです。

自立というのは文字通り、「自らの力で立つ」ことです。何か他の大きな力に依存したり、よりかかることではありません。全て自己責任です。

これは一見、「自分さえよければ良い」という自己中心的なものにみえるかもしれませんが、決してそうではありません。
自立するためには、必ずリクスが伴います。それを受け入れる強さが必要になります。それを、「試練」とだけ思わずに、皆が前向きに立ち向かい、自立したとき、はじめて隣人への尊敬、愛情が生まれるのではないでしょうか?

治安、システムやサービス、施設といったものはあくまで「まち」というものを外側から矯正するものに
過ぎません。

そうではなく、我々一人一人の内側からしか「よいまち」というものは生まれないような気がします。

青年部に入部して「仕事やお金の話をしない不思議な団体」と思っていた頃の私は、単に組織を外側から眺めているだけの傍観者でした。

そんな私が、今、この場で「内側から変わって行こう」というお話をしています。こういう気持ちにさせてくれたのは、青年部のたくさんの仲間との交流や事業を通してということに間違いありません。
斉藤部長がよく「青年部はきっかけづくりの場だから…」とおっしゃいます。

あえて、かっちりと決め事で縛らずに、その場で何かを学んだり、考えるのは部員一人一人の自主性だということだと思います。

リスクをとるもとらないも自由です。

しかし、私はこれからもリスクを取り続けます。言い古された言葉ですが「テイク リスク、テイク チャンス」といつも自分に言い聞かせています。

そうです。

リスクを取らない者にチャンスはないのです。

この青年部は、私にいろいろな人のものの考え方、いろいろな角度からのものの見方、そして何よりも、こうして、このような場で自分の主張を発表できる機会を与えてくれました。

青年部はリスクをとれる集団でありたい、また、そうであると信じています。

ありがとうございました。  

Posted by 調布市商工会青年部 at 22:18Comments(0)TrackBack(0)主張者大会

2011年06月17日

2001年度(H13年度) 関東大会 優秀賞 大前勝巳

青年経営者主張者大会 関東大会優秀賞 調布市商工会青年部 大前勝巳
調布市商工会青年部 大前勝巳
タイトル「縁に気付き、縁を築く」


こんばんは。調布市商工会青年部の大前勝巳と申します。

みなさん、この言葉をご存知でしょうか?
「小才は、縁を求めて縁に気付かず
 中才は、縁に気付いて縁を投げ打ち
 大才は、袖すり合った縁をも生かす」

小才、中才、大才とは、小中大に才能の才と書きます。
これは、江戸時代の将軍指南役であった柳生家に伝わる家訓です。私はこの家訓を、山岡荘八が書いた「柳生石舟斎」という本で始めて知りました。
もう一度申し上げます。

「小才は、縁を求めて縁に気付かず
 中才は、縁に気付いて縁を投げ打ち
 大才は、袖すり合った縁をも生かす」

私にとっての青年部とは、まさにこの言葉を実践し、部員に伝えていく場であることにやっと気付きました。

 私は今から約1年半前の平成12年1月にサラリーマンを辞め、調布に有限会社ネットインという会社を興しました。私の会社の事業内容は一言で申し上げますとインターネット関連のシステム作成を行う会社です。仕事柄、事務所内で黙々と作業をしていることが多く、青年部活動にもほとんど参加しておりませんでした。初めて、事業に参加したのは青年部で「パソコン講習会」という事業を行った時で、私はそのアドバイザーとして呼ばれました。そこで私はメールソフトや、ワード、エクセルの使い方といった内容の講習を参加者一人一人の方に行いました。
 この事業に参加した率直な感想は、想像していたよりも多くの方がパソコンの知識に乏しく、デジタルデバイドの根は深い、ということです。「デジタルデバイド」とは、簡単に申し上げますと、パソコンを使える人とそうでない人との間に生じる格差のことです。

 この講習に参加してから、数ヵ月後、人手が足りないということで、青年部が運営する「調布市商工まつり」に参加しました。「青年部」というものに、まだ何の期待も思い入れもなかったその時の私は、正直「面倒くさいなあ」と思いながら、嫌々参加したのですが、そこで見たものは、部員の方々の「商工まつり」にかける熱い思いでした。お祭りは2日間に渡って行われ、サンバフェスティバルや、子供向けの出店、ウルトラマンショーや大ビンゴ大会など、内容に富んだものであり、準備の大変さだけでなく、市民の方々に少しでも楽しいものを、少しでも喜んでもらえるものをと部員の方々が知恵を絞った後が伺えるものでした。その苦労を無駄にしない為にも、当日は多くの部員が参加し、皆で助け合ってお祭りを運営し、盛り上げていました。その甲斐あって、最終的には6000 人もの方に来場して戴けました。
 お祭りに来た子供たちの楽しそうな顔は、私まで楽しい気分にさせてくれました。私自身は出店での接客を手伝うくらいで、ほとんど力になれなかったのですが、それだけでも、今まで知らなかった部員の方々とも初めて会うことができただけでなく、お祭りを一緒に盛り上げていくという共通の目的を持って助け合うことで、すぐに打ち解け合うことができました。結果的に、私は様々な業種の方にそこで知り合い、また現在の仕事でのパートナーや、会社経営で貴重なアドバイスをして戴ける先輩方にも出会うことができました。

このお祭りで私は、「人」に触れることの大切さ、そこで生まれる「縁」の大切さにやっと気付きました。このお祭りに参加するまで、私は、「アナログデバイド」だったのです。
 
 先ほどの「デジタルデバイド」をパソコンが使えるかどうか、とすると「アナログデバイド」は、人に出会うことの大切さがわかるかどうか、「縁」に気付き、「縁」を活かすことができるかどうかです。
 
 私は、会社を興すまで従業員が1万人以上もいる大きな会社で働いていました。そこでは「縁」は求めるまでもなく、会社が与えてくれるものでした。会社が与える「縁」に疎ましささえ感じることもありました。「柳生石舟斎」を読んだのは会社員になってからでしたが、その本を読みながらも「縁」の大切さを実感できませんでした。青年部に入るまで、「縁」を求めさえしなかったその頃の私は、小才以下だったのです。
 現在、調布市商工会青年部には約100人の部員がいますが、この「縁」に気付いていない方がたくさんいます。気付いてはいても、忙しくて参加できず、「縁」を活かすことができない方もたくさんいます。そのような方々に「縁」に気付き、「縁」を活かす手助けはできないだろうか。そのために私ができることは何かを考え、1つのアイデアが浮かびました。それは青年部のホームページを立ち上げることです。折りしも、私は、以前手術した椎間板ヘルニアを再発し、歩くのもままならない状態でした。活動にどれだけ参加したくても、体が言うことを効かないのです。忙しかったり、私のように動けなくても参加できる方法はないか。ホームページを作れば、少しは活動の一端を担えるのではないかと考えました。。
 私が考える青年部のホームページでは、活動内容を掲載するだけでなく、部員一人一人に1ページずつスペースを提供します。そこには名前や住所など表面的な情報だけでなく、個々の事業所の具体的な事業内容やメッセージを紹介してもらおうと思っています。現在、調布市商工会青年部では部員が具体的にどのような仕事をしているかわかるようなものがないのですが、このホームページをみてもらえれば、新規部員にも、「このような仕事をしている方々が入っている団体なのですよ」、と説明できます。一方で、自分のページがあるということで、今までパソコンにあまり興味をもっていなかった方も、きっとパソコンを少しは身近に感じてもらえるはずです。また、パソコン初心者向けの質問コーナーも設けるます。



 このように、私は、青年部のホームページを作成することで、青年部での「アナログデバイド」と「デジタルデバイド」の融合を実現したいと考えています。前者には「縁」に気付いてもらい、後者には、パソコンやインターネットの良さに気付いてもらう。現在、社会の「デジタル」化はどんどん進んでおり、今後も更にその度合いを増していくことでしょう。「デジタル」を理解できなければ、時代に取り残されるかもしれない。しかし、最終的に一番重要なのは「アナログ」です。「デジタル」は「アナログ」の反対に位置するものではなく、あくまでも「アナログ」を手助けするものであるはずです。

「小才は、縁を求めて縁に気付かず
 中才は、縁に気付いて縁を投げ打ち
 大才は、袖すり合った縁をも生かす」

いかに小才を中才に、中才を大才にしていくか。
「デジタル」を使って、「アナログデバイド」を解消していくこと。
それが、青年部のホームページの目標であり、私に与えられた青年部での使命なのです。

そして、この想いさえ間違っていなければ、この「縁」はいつの日か、青年部を超え、地域を越え、国境を越え、世界に届くはずです。



 私は、青年部を通して、「縁」に気付くことができました。また、ホームページを立ち上げたいという熱意を青年部に理解していただき、先日ホームページ作成の実行委員長に任命して戴きました。ホームページ作成事業は、予算や組織の問題等、解決していかなければいけないことが山積みです。部員の皆様の情報も1つ1つ集めていかなければいけません。みんなで協力していかなければ、到底達成できない事業です。実行委員長としての業務は膨大であり、その責任の重さに胃の痛む思いです。しかし、私は楽しみながらこの事業をやっていけると思います。何故なら、この事業そのものが、私自身を、小才から中才に、中才から大才にしてくれるチャンスだからです。

みなさんは、青年部に入って今までどのような「縁」に気付いてきましたでしょうか
そして、現在、どのような「縁」を求めていらっしゃいますでしょうか。
みなさん、これからは袖すりあう縁も活かしていこうではありませんか。

最後に、みなさん、今隣にいる方と握手をしてみてください。
その手は暖かくないですか?
「こんにちは」と声をかけてみてください。
心が暖かくなりませんか?
これが縁です
これが青年部です。
ありがとうございました。
  

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